福岡県中間市の双葉保育園(浦上陽子園長)の5歳児の園児倉掛冬生くんが保育園バスに閉じ込められ熱中症の症状で亡くなった事件。
双葉保育園は家族経営で、以前は評判のいい保育園でしたが、最近ずさんな経営が目立っていました。浦上陽子園長の関係家族の画像と経営実態を調査します。

浦上陽子園長(双葉保育園)の家族顔画像
7月29日の朝、双葉保育園の保育園バスに乗った5歳の園児の倉掛冬生くん(5歳)が、炎天下に止められていた保育園バスの中で9時間後に発見され、病院に運ばれましたが、熱中症とみられる症状で亡くなってしまいました。
なぜ、冬生くんは保育園バスに取り残されてしまったのか?ネットでは、疑問の声が沸き上がっています。
まずは、保育園バスを運行していた運転手の事情を聴くべきで、運転手を探したところ、双葉保育園の園長である浦上陽子園長が運転手をしていたことが分かりました。
そして、なぜ事件が起こってしまったのかに関して浦上陽子園長は、「泣いている(他の)園児に気を取られ、後ろの座席までくまなく見られなかった」と話しています。
冬生くんは、保育園バスの中で見つけられることがなく、保育園バスは施錠され閉じ込められ、発見され手のは9時間後。発見された時には亡くなっていたということです。
双葉保育園について調べてみると、
園長先生の名前は「浦上陽子」園長ということが分かります。
そして浦上陽子園長は、ライオンズクラブに加盟していました。そのライオンズクラブの浦上陽子園長の顔画像がホームページに掲載されています。
浦上陽子園長の部分だけ拡大すると、
二重瞼で目のパッチリと開いた美人の園長でした。
さらに、冬生くんの通っていた双葉保育園とはどんな保育園なのかを見ていきます。
双葉保育園のホームページです。
そのホームページのヘッダーには「ふれあい、あんしん、よろこび」と書かれていて、これをモットーに保育していくことが書かれています。
そして、概要には、
双葉保育園の法人名は「社会福祉法人新星会 双葉保育園」とされていて、その代表者は「浦上ヤス子」となっています。
調べてみると、この「浦上ヤス子」というのは前園長で、現在の園長である浦上陽子園長の母親であることが分かりました。
そして設立されたのが、「昭和52年4月11日」となっていて、この時、双葉保育園の創設したのは浦上陽子園長の父親で、前々園長だったことが分かりました。
そして、浦上陽子園長の父親の前々園長について、twitterに投稿がありました。
「許せないよね どんなに苦しかったか 双葉はすてきな先生もいたんよ。本当にわたしが年長になる前はいい先生ばかりだった。園長先生のことも皆大好きで、園長先生はみんなのお父さんみたいだった。園長先生との写真を結婚式で流したばかりだから、天国で怒ってるかなぁとか考えちゃう」
「わたしも園長先生は優しかったイメージあるし、閉じ込められたのも、多分年長よ」
「よね?!!!園長先生めっちゃ好きだった!年長の時からなんか嫌なこと起きてた気がする。たぶん園長先生が倒れてからよね…。マーチングも凄くておばちゃん先生たちも優しかったのに」
という風にツイートがあり、前々園長はかなり好かれていた園長だったことが分かります。
そして、その前々園長は倒れてしまったということで、引き継いだのが浦上陽子園長の母親の浦上ヤス子理事長となります。
その前園長である、浦上ヤス子理事長の画像がtwitterにありました。
「1枚目浦上陽子 2枚目浦上ヤス子
前の園長先生はとてもいい先生だったのに、この園長になっておかしくなったんだと思う。 保育園でお昼寝で寝てないだけで頭叩かれたり普通にしたし、すぐ真っ暗な押し入れに入れられてとにかくいい思い出ない。
#双葉保育園 #拡散希望」
この投稿者は、浦上ヤス子園長になってから、頭叩かれたり押し入れに入れられたりしたとツイートしています。
そしてその投稿に”1枚目”とされている浦上陽子園長の画像がこちら。
先ほどのライオンズクラブの画像よりもかなり若い頃の画像です。
浦上陽子園長は、結婚歴があり離婚し現在の園長職に就いたという噂がありますが、確認できていません。また、人気のあったとされる浦上陽子園長の父親の画像は、現状見つかっていません。いずれも調査継続します。
双葉保育園は家族経営!酷くてずさんな実態!
双葉保育園の5歳園児・倉掛冬生くんがなくなってしまった事件で、福岡県警は1日、業務上過失致死容疑で園に家宅捜索に入っています。
この先、県警から実態については明らかになってくると思われますが、現時点でもかなりずさんな実態が見えてきています。
まず今回の事件の中で、保育園バスによる送迎が浦上陽子園長一人で行われていたこと。通常、同じ中間市の保育園に聞くと、「送迎は運転手と職員の2人体制で実施する」とのこと。
「降ろし忘れを防ぐため」の意味があるそうで、この点については決まりではないですが、他の保育園に比べ配慮が欠けていた点だと言えます。
さらに、その保育園バス。冬生ちゃんが乗った迎えの保育園バスはトヨタの「ハイエース」。園児用の座席は18席。冬生ちゃんは乗車時、助手席側の最後尾に座り、見つかった時は乗降口近くの座席付近で倒れていたと県警。
これがその保育園バスと車内の画像。
この車内を見て、確認って言ったって10秒もあればできること。それを怠って本当に大切な幼い命を奪ったことは、許されることではありません。泣きじゃくるほかの子どもに気をとられたにしても、確認はすぐすむことです。
さらに出欠確認。
浦上陽子園長は保護者の説明会で、「日ごろは点呼しているがその日だけしていなかった。園児が連絡なしに休んでいる場合も確認することになっているが、この日は園内でコミュニケーションが取れず気づかなかった」と釈明。
担任も担任で、冬生くんが休んでいるのかどうかも確認せず、他の子どもたちの保育していたとかありえません。確認さえしていれば救えた命です。残念でなりません。
そして、もうひとつ。
園長は「冬生君が寝ていたから気づかなかった。ごめんね」と話したという。
出典:https://www.asahi.com/articles/ASP7Z5SF7P7ZTIPE01N.html?iref=comtop_7_06
冬生くんの母親が、冬生くんが帰りの保育園バスに乗っていなかったことに気づいてあわてて保育園に行った際、園長から言われた言葉。
もしこれが本当だとしたなら、浦上陽子園長は冬生くんが寝ていたことを知っていたことになります。寝ていたことを知っていて、忘れたのか?結局は放置したことになります。
このあたり調査し、分かり次第追記していきます。
いずれにしても、亡くなった冬生くんは戻っては来ません。ご冥福をお祈りいたします。
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