町田市小6タブレットいじめ自殺事件まとめ

五十嵐俊子元校長の経歴!教育長に登り詰めたことなかれ主義人生!

町田市小6タブレットいじめ自殺事件まとめ

町田市で小6児童のいじめによる自殺がおき、当時町田市立第五小学校校長だった五十嵐俊子現渋谷区教育長の対応に非難が寄せられています。

五十嵐俊子元校長は、渋谷区教育長に登り詰め、いじめ自殺まで隠蔽してのし上がりました。五十嵐俊子元校長のことなかれ主義の実態を見ていきます。

町田市小6児童いじめ自殺事件!五十嵐俊子(元校長)教育長のまとめ
2020年11月、東京町田市で起こった小6児童のいじめによる自殺事件について、タブレット端末を使った「ICT教育」の闇が暴露されています。 当時の五十嵐俊子校長がとった対応。市教委は未だ、いじめと自殺の因果関係を疑う始末。この事件の顛末をまとめていきます。

五十嵐俊子元校長の経歴

2020年11月、東京・町田市で町田第五小学校に通う小6児童が、いじめを苦に自殺した問題で、自殺した児童の両親が2021年9月に記者会見し、いじめが原因だったと公表しています。

両親はなぜ今記者会見してまで公にしたのでしょうか?それは、学校と市教委の対応に疑問を感じたからでした。当時の町田市立第五小学校校長が五十嵐俊子校長で、現在は、渋谷区の教育長となっています。

では、当時、町田市立第五小学校の校長としてこの事件に対応した、五十嵐俊子現渋谷区教育長の経歴を見ていきましょう。

 

「教育長 五十嵐俊子(いがらしとしこ)
【任期】令和3年4月1日~令和6年3月31日
【略歴】
小学校教諭(16年)
指導主事(7年)
ICT活用教育推進室長(3年)
小学校長(12年)」

「第4回(5月27日)学校教育の情報化に関する懇談会資料 日野市立平山小学校校長 五十嵐 俊子」

こちらの「日野市学校教育基本構想検討委員会委員名簿」の「事務局」の欄に「五十嵐俊子 ICT活用教育推進室長兼統括指導主事」と名前が載っています。

そして、2017年度より町田市立町田第五小学校長に就任。2021年4月から現職の渋谷区教育長に就任しています。

五十嵐俊子校長の特筆すべきは、ICT教育の第一人者で、国の会議などに有識者として出席するほどの実力者である点です。雑誌などの記事やインタビューにも登場するほど、ICT活用の先駆者でもありました。

五十嵐俊子町田第五小学校校長(当時)は、前任地でもそうであったように、町田第五小学校でも小学校6年生には一人一台のタブレット端末を渡し、ICT活用教育を推進していました。

五十嵐俊子元校長のことなかれ主義人生

五十嵐俊子元校長が今年4月に渋谷区教育長に就任、栄転していますが、五十嵐教育長とはどんな人物だったのでしょう。

職歴については、見てきた通りですが、ICTの活用教育の第一人者と言われるほどICT教育に尽力した人とはなっています。

そして、自身のその成果をアピールする”アピール型人間”のようです。その理由として、雑誌記事があります。

「五十嵐氏が対話におけるICTの有用性に気づいたのは、20年以上も前のことだ。当時、理科の専科教員をしていた小学校で、6年生が卒業研究に取り組むことになった。各自で課題を設定し、実験や調査をして結論をまとめる活動だ。「他者の発表を『聞いて終わり』にせず、皆で共有して学びを深めるにはどうしたらいいのかと考えました」と、五十嵐氏は振り返る。

発表内容を紙にまとめて壁に貼っても意味がないように思えた。悩んだ果てに使ってみたのが、シャープの協働学習ソフト「スタディノート」だ。資料を作れるほか、コメントも入力できる。たまたまの縁で借りたものだったが、このツールにより驚くような実践ができた。まず、児童全員の研究成果を自由に閲覧してコメントをつけられるようにしたところ、児童たちは皆、休み時間もずっとほかの児童の研究成果に見入っていたという。」

自身が経験した中で発案し気付きあげた点をさりげなく強調し、アピールしています。

この記事の中にも使われていますが「各自で」「自由に」など生徒の自主性を重んじた、一見、素敵な教育のように見えます。

20年前は、それでよかったのかもしれません。でも、五十嵐俊子校長は現在でも頭の中は20年前のまんま。進化が止まってしまっているのではないでしょうか。

現実に、この自主性を重んじた教育のために、今回の小6児童の自殺が起きたとも言えます。なぜなら、自由にタブレットを使い、チャットに書き込まれたのは自殺した児童の悪口だったからです。

いじめは昨年9月、学校のアンケートで発覚していたにもかかわらず、その時には両親には伝えられず、両親が知ったのは女児の死後亡くなってからでした。

自身が校長を務める学校で”いじめ被害”などあってはならいないということでしょうか。しかし、この判断の遅れが、1人の大切な児童の命を落とすことに繋がってしまったとも考えられるのです。

その後、両親への説明も五十嵐校長は電話で対応。加害児童がチャットに書き込んだ「きもい」「死ね」などの「悪口」が消えてしまって見られない問題に関して、校長は「分からない」「不可解」を連発しています。

そしてその理由が「なりすまし」ではなく「ハッキング」だったと話しています。ICTの第一人者のはずの五十嵐校長の言い訳としてはお粗末。

そして一貫して五十嵐校長は、いじめによる自殺であるとは認めていませんでした。そして、自殺のことを市教委に報告したのも2月になってからです。

学校関係者の知人によると、校長にいじめによる自殺を認めて速やかに報告するように勧めるも「今さらいじめが原因で自殺したなんて言えないわよ。何を言ってるの」と逆ギレされたとか。

また同じく学校関係者からの話として、「校長は、自分の教育長への人事が内定するのを待っているのだと思う」という時間稼ぎしたことを、学校内部から疑う声が出ていたそうです。

何事もなかったかのように、児童の自殺すら隠し、報告を遅らせ、自身の昇進を優先させたととられても仕方ありません。

実際、五十嵐俊子校長は、2月になって初めて亡くなった児童の両親と面談したそうです。それまでは電話。自分の学校の児童が亡くなったのに、何か月も電話対応のみとは信じがたい。

しかも、やはり「教育長」という役職が内定したその日に、自殺した児童の両親と自殺後はじめて会っています。

しかし、五十嵐校長から習ったことがあるという生徒は、いつも笑顔で怒ることはほとんどなく、自由にやらせてくれたと五十嵐教育長の印象を語っています。

このことから考えて、今回の児童いじめ自殺事件に関して、隠したりする行為は「教育長」という大きな役職への就任ということが、ことなかれ主義に走らせたとも言えそうです。

しかし、いずれにしても最後がこの印象ということになると、五十嵐教育長の教員人生全てがグレーにみられてしまうことにもなり、残念というほかありません。

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